音丸(同)代表の今井です。弊社は「想いを世界に」をビジョンに、海外展開支援を通して日本企業のグローバル化を目指しています。今回は企業の進むべき方向性が分析できる、アンゾフの成長マトリックスについて解説します。
1. アンゾフの成長マトリックスとは?
アンゾフの成長マトリックスとは、企業が成長戦略を検討する際に使用されるフレームワークです。
イギリスの経営学者イゴール・アンゾフによって提唱されました。
具体的には4つの成長戦略から、企業が次にどこに進むべきか方向性を決めます。
4つの成長戦略は、「製品」と「市場」の2軸を設定し、それぞれをさらに「既存」と「新規」に区分します。それらを掛け合わせることで、戦略を練っていきます。
既存市場×既存製品=「市場浸透戦略」
既存製品×新規市場=「新市場開拓戦略」
新規製品×既存市場=「新製品開発戦略」
新規製品×新規市場=「多角化戦略」
図1 アンゾフの成長マトリックス
実際のところ、これらの名前を正確に覚える意味はありません。
むしろ大事なのはフレークワークの本質を理解して、顧客に合わせてカスタマイズすることで、本記事ではその点について重点的に解説をしていきます。
なぜ4つなのか?その本質は外部と内部の視点
フレームワークを使用するにあたり、その「本質」を知ることでフレームワークに囚われない、顧客に合わせた応用が可能になります。そのため、まずはこのフレームワークにおける「本質」についての理解を深めていきます。
アンゾフの成長マトリックスでは、企業がコントロールできる「内部の視点」と、コントロールできない「外部の視点」の2つに分けられています。
具体的には、内部の視点は自社の「製品(サービス)」、外部の視点は「市場」です。
つまり、このフレームワークは大きく分けて、コントロール可能な「内部(自社製品・サービス)」とコントロール不可能な「外部(市場)」の視点の掛け合わせから、将来の方向性について考えていくものであるということです。
他のフレームワークでも「内部」と「外部」の2軸で構成されていることが多いので、ぜひ確認してみてください。
例えばSWOT分析も内部のSWと外部のOTで構成されています。このように、フレームワークは覚えるのではなく、外部と内部を「どの要素で切り分けているのか」に着目して参考にした方が、フレームワークに囚われず、顧客に合わせて応用して使えるのでお勧めです。
図2 アンゾフの成長マトリックスの外部と内部の切り分け
2. 4つの戦略の概要と実践的な考え方について
それでは、アンゾフの成長マトリクスにおける、4つの戦略についてお話していきます。
(1)市場浸透戦略
まず1つ目は「市場浸透戦略」です。
市場浸透戦略というのは、「既存の製品・サービスを既存の市場でさらに売り込む戦略」です。
既存市場における既存製品のシェアを拡大するために、広告キャンペーンを強化したり、価格を下げたり、販売チャネルを増やすなどの方法を取ります。
わかりやすく例を言うと、今皆さんがラーメン屋さんを神戸で開業しているとします。ターゲットは神戸に来る人たちです。
市場浸透戦略においては、さらに神戸の人たちに自店のラーメンを食べてもらうために、チラシやクーポンを神戸市民の家庭に配布したり、ラーメン自体の価格を下げたり、神戸の地域に対しては出前も取るようにしたりする、ということです。
市場浸透戦略における実務的な考え方
実務的に考えると、市場浸透戦略における重要な考え方としては、一番シンプルですが、本業をしっかり真摯にやることです。
ラーメン店を例に取ると、今のラーメンをできるだけ多くの人に食べてもらう努力、そして何度もリピートしてもらう努力を行うということです。
売上が行き詰った際、ついつい他の新製品や市場に目がいってしまいが、実際に顧客分析をしてみると、一部の顧客に売上を依存しており、まだまだ未開拓の部分がたくさんあった、というケースもあり、反対に、新しいお客さんの売り上げはあるが、リピーターが全然いないといったケースもあります。
灯台下暗しではないですが、新しいこと(新市場を攻めたり、新商品を開発したり)に着手する前に原点に立ち返り、拡販の余地が無いか検討することは売上拡大には重要です。
(2)新市場開拓戦略
次に新市場開拓戦略です。こちらは、「既存の製品・サービスを新しい市場で販売する戦略」です。
具体的には、地理的に新しい地域(国内外問わず)に進出したり、新しいセグメント(異なる年齢層や所得層など)をターゲットにしたりします。
こちらも、先ほどのラーメン屋を例に取ると、現在、神戸の学生をターゲットにしているとします。
それを、大阪や東京にも出店してみたり、インバウンド客をターゲットとして海外向けアカウントを作って英語で発信したり、などが挙げられます。
新市場開拓戦略における実務的な考え方
こちらは、実務的に多いケースとしては、既存製品を新しい市場に提案したら、まったく違う使われ方を発見した、想定以上の高い需要があった、などの目から鱗のケースなどが挙げられます。
私は仕事柄、異業種や海外の展示会への参加や、ウェブマーケティングで広範囲に情報発信するなどして、新市場開拓をすることが多いですが、そのまま既存の商品・サービスが採用になるケースは少なく、新市場に合わせたカスタマイズや顧客対応のスピード感が必要になることをよく感じます。
そのため、実際には既存の商品をそのままでうまくいくケースもあれば、新市場に合わせたカスタマイズも時に重要と言うことは、新市場開拓戦略を行う上では実務的には重要な考え方となります。
(3)新製品開発戦略
そして、新製品開発戦略ですが、こちらは「既存の市場に対して新しい製品・サービスを開発する戦略」です。
既存の顧客に新しい製品やサービスを提供することで、売上の増加を図ります。これには具体的には新製品の開発や、既存製品の改良が含まれます。
ラーメン屋の例で言えば、これまで醤油ラーメンだけ提供していたのが、新たなメニューとして、豚骨ラーメンを追加したり(新製品開発)、魚介の旨みをさらに強くした醤油ラーメンへと改良したりする(既存製品の改良)ということです。
新製品開発戦略における実務的な考え方
こちら新製品開発戦略を進めていく上で、実務上の観点で言えば、既に顧客との関係性が構築されているため提案自体はしやすいですが、製造・開発部が強い中小企業はプロダクトアウトの視
点(顧客のニーズよりも企業側が作りたいもの・サービスを優先させて作る視点)になりやすいため、マーケットインの視点(企業側が作りたいもの・サービスよりも、顧客のニーズを優先させて作る視点)も取り込んだ市場調査も重要になります。
(4)多角化戦略
最後に「多角化戦略」です。こちらは、新しい市場に新製品やサービスを販売する戦略です。
ヒト・モノ・カネ・情報の全ての資源が必要で、一般的にはハイリスク・ハイリターンと言われることが多いです。
これまで同様にラーメン屋の例でわかりやすく極端に言えば、神戸での今のラーメン屋に加えて、新事業として新しく海外で新しいおもちゃを作って販売するというようなイメージです。
多角化戦略における実務的な考え方
これまで、多角化戦略は経営リソースが豊な大企業向けの戦略とされることが多く、リソースが限られた中小企業はあまり手を広げず、「差別化集中戦略」が良いという傾向がありました。
しかし、市場が不確実性を増し、顧客ニーズも多様化していることから単一事業で売上を維持するのは困難になっており、特定の事業に集中しすぎるとリスクが高くなります。
また、政府や公的機関も事業再構築補助金や、ものづくり補助金など多角化支援の補助金やプログラムを提供しているため、中小企業でも多角化戦略が有効であり、推奨されるようになってきているというのが実状となっています。
3. 具体的な戦略の選択方法
ここからはさらに、実務的なよくある以下の3つのケースを例に具体的な戦略の選択方法について解説していきます。
(1)売上が特定の顧客に依存している場合
(2)既存市場に競合が多く、模倣されやすい場合
(3)下請け業務に依存している場合
(1)売上が特定の顧客に依存している場合
私の経験上、顧客の業界を調査した際、今後の市場は衰退予想で、顧客もその危機感から新しいビジネス展開を模索しているといったケースがあります。
しかしその企業を現状分析した際、下図のように顧客の売上が一部の会社に偏っていたり、そもそもの全体の顧客数が少なかったりする場合があります。
図3 顧客別売上分析例
もちろん顧客に偏りがある背景は各社それぞれありますが、まだまだ拡販の余地があるのであれば、「市場浸透戦略」を選択した方が、今ある強みとリソースをそのまま活用して、低リスクで売上を拡大できる可能性が高いです。
そして、実際に私がコンサルとして支援する場合などは、顧客に偏りが生じている真の原因を究明し、他の顧客にもアプローチできる方法を一緒に考えていきます。
また、意外とそもそも顧客が偏っていると認識していないケースもありますので、認識してもらうだけでも企業の営業の行動が変わる可能性があります。
(2)既存市場に競合が多く、模倣されやすい場合
そして、新商品を開発しても、すぐに模倣されて安価品が出回るケースでは、常に新しいアイディアが求められ、且つ売れる製品を作り続けなければというプレッシャーの元、社員が疲弊しているケースがあります。
新規性のある商品は特許などである程度模倣品から守れたりする場合もありますが、逆に技術を盗まれたり、特許をかいくぐった商品が出たりと、特許申請に消極的な企業もあります。
この場合、「新市場開拓戦略」を選択することで、競合が少ない市場に進出できる可能性があります。
具体的には、まったく異業種の展示会に出展したり、ホームページやビジネスマッチングサイトなどに自社の強みを発信したりすることで、これまで想定していなかったニーズや異業種の顧客との接点を持てるようになります。
既存品がそのまま採用になれば新市場開拓になりますし、新市場に合わせて改良してまったく新しい商品ができれば、多角化になります。このあたりは結果論になりますので、あえて戦略をどちらかに設定する必要はありません。
また、自社ブランドを立ち上げて、例えば消費者に高品質やおしゃれなイメージをもってもらうようなブランディングを行い、模倣品との差別化を図る戦略も考えられます。この場合は「市場浸透戦略」になります。
このように戦略はどれか一つ選ばなければいけないということはなく、実際には同時並行的に実施していくパターンもあります。
(3)下請け業務に依存している場合
大手メーカーの下請けを長年受託している製造業の場合、技術力は高いけど受け身体質で自社開発していないケースがあります。
この場合、大手メーカーの方針で受託している製品が終売になったりすると、売上が激減してしまいます。
市場ニーズさえわかれば、独自の技術で作れる力は持っているケースが多いため、市場との接点を増やしていく必要があります。
このあたりをしっかり意識して受け身体質を改善していくことで、例えば金属加工専門の会社が自社技術を活かしてオリジナル調理器具を作ったり、アウトドア用品を開発したりと、自社の製品を新しい市場に販売できたりします。この場合は「多角化戦略」となります。
4. まとめ
以上、アンゾフの成長マトリックスについて解説しました。
例えば、私は仕事として企業分析をして、改善案について提案・実行支援していますが、クライアントに全面に出すフレームワークというよりは、クライアントを理解するための事前分析として使用するケースが多いかもしれません。
企業の経営層の方はもちろん、企業に経営コンサルを行われる方も、実際にはお話ししてきたように複数の戦略を選択することもありますし、きれいに切り分けられるケースは稀になりますので、このフレームワークの形に囚われ過ぎず、本質を理解した上で、クライアントと一緒に将来の方向性を検討し、その企業にあったオリジナルのマトリックスを作成できれば、中小企業の社長も唸るコンサルタントになれると思います。